乳房の防衛機能

乳房には乳房炎の起因菌となる細菌から身を守るための3つの防衛機能が備わっています。

1.括約筋

搾乳において乳は乳頭先端の乳頭孔から乳が射出されます。乳頭槽から乳頭孔までは10mm前後の長さがあり、乳頭管と呼びます。搾乳中は乳頭管は開いた状態ですが、搾乳終了後約40分経過すると乳頭管は括約筋によって閉じます。つまり括約筋が乳頭管をしめることで細菌の侵入経路を遮断できます。

2.ケラチン層(ケラチンプラグ)

乳頭管の表面はケラチンがにじみ出るケラチン層になっています。ケラチンには抗菌作用を持つ物質を含み、細菌の活動を抑止する効果があります。このケラチン層はケラチンプラグとも呼ばれ、菌の侵入を防ぐ重要な役割を持ちます。

3.フェルステンブルグのロゼット

ロゼットとは元来はバラの花から由来する言葉で、八重咲の花びらの形を呈するひだです。フェルステンブルグのロゼットは乳頭槽からみて乳頭管の入り口にあり、ひだは乳頭管に対して上向きになります。乳の流れを抑止する方向になりますが、乳の流れの抵抗にはならないそうです。フェルステンブルグのロゼットには細菌を捕食する白血球が多く集まり、殺菌性のカチオン性タンパク質(ユビキチンなど)が含まれ、細菌侵入の最終防御策として働きます。

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このように、乳牛は自らが持つ防御機能により細菌から守られており、これらの防御機能が正常に働いてさえすれば乳房炎を患う心配は少ないといえます。しかしながら搾乳に問題があると防御機能は低下してしまいます。ではどのような物理的な要因が防御機能を低下させてしまうのでしょうか。

乳頭の鬱血うっけつ

血流が停滞し増加した状態を鬱血うっけつといいます。乳頭の鬱血うっけつはライナーマウスピース槽の真空圧によって引き起こされます。鬱血うっけつを引き起こす要因は以下の4つです。

      • 不適切なライナーの口径
      • 不適切なライナーの形状
      • 過搾乳
      • 高すぎる真空圧

乳頭先端の鬱血うっけつ

搾乳直後の乳頭は通常の場合ピンク色で柔らかい状態ですが、過搾乳などの要因により乳頭先端部が腫れて硬い状態になります。血液が真空で下方に引っ張られ浮腫んだ状態です。鬱血うっけつは乳頭のケラチンプラグの回復に時間がかかる結果を招き、搾乳終了後の感染リスクを高めます。浮腫んだ乳頭はライナーのつぶし圧によって、くさび形または三角ライナーの場合は三角形の形状になっている状況を観ます。

EndCongestion

乳頭胴体部の鬱血うっけつ

乳頭胴体部にリング状の跡を残すケースがあります。この現象はライナーのマウスピースチェンバーが高い真空圧になった場合に発生します。ライナーリングと呼ばれる現象です。マウスピースチェンバーの真空が高くなる要因は...

  • 過搾乳によりマウスチェンバーが常に高い真空圧になってしまう
  • ライナーよりも乳頭のサイズが細くクロー内真空がマウスチェンバーに直接作用してしまう
  • 搾乳システムの設定真空圧が高い(ハイラインまたはミドルラインの場合)
BarrelCongestion

鬱血うっけつを誘発する要因としてライナーの形状と乳頭の形状が合わないというやむを得ない理由もありますが、発生率を全牛群の15%以内に抑えることがゴールです。鬱血うっけつは過搾乳と大きく関係していることを考慮してください。

ハイパーケラトーシス

ハイパーケラトーシスは乳頭先端部にできるカサブタです。ハイパーケラトーシスの問題点はカサブタに殺菌が付着し感染リスクを高めることにあります。ハイパーケラトーシスの発生要因はライナーのマッサージ期におけるつぶし圧です。ライナーの圧縮動作によってケラチンが乳頭先端に異常に集まり外層の肥厚する状態になります。人にも出るマメやタコと同じ角質増殖症です。ライナーのマッサージ期は乳頭の鬱血うっけつを防ぐのに必要なのですが、皮肉なことにつぶし圧はハイパーケラトーシスを引き起こす要因なのです。ハイパーケラトーシスの程度は乳頭スコアとして下表のように判定されます。

スコア1 スコア2 スコア3 スコア4
HK1 HK2 HK3 HK4

ノーマル

突起していない

なめらか

突起しているがなめらかでカサブタはない

粗い

突起にカサブタがある

とても粗い

突起にひび割れがあり花が咲いたようなカサブタがある

ハイパーケラトーシスはライナーのマッサージ期がある以上完全に防ぐことは難しいといえます。ライナーの拍動なしで搾乳するとハイパーケラトーシスは発生しないという実験データもありますが、マッサージ期のない搾乳は前述した鬱血うっけつの問題を引き起こすので適当とは言えません。ライナーの形状が乳頭の長さと合っていない場合や、不適切な真空や過搾乳はライナーの圧縮力(ライナーコンプレッション)を強めます。不適切なパルセータの拍動も影響を及ぼします。交互拍動のパルセータは一挙動のパルセータよりもハイパーケラトーシスのリスクが大きいことも意識してください。牛群における乳頭スコアの指標としては、レベル4が5%以下。レベル3が15%以下であれば良好とされています。

過搾乳は搾乳終了間際だけではない

過搾乳はユニット離脱のタイミングが問題になりますが、搾乳の終了判断だけではなく、不適切な搾乳準備によっても引き起ります。この現象をバイモダリティと呼びます。日本語では二度おろしとも呼ばれ、ユニット装着後に流速が低下する現象をいいます。

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バイモダリティは搾乳刺激から装着までの時間が不適切である場合に発生します。泌乳速度のピークは装着後1分以内に到達するのが理想です。バイモダリティによる流速の落ち込みは搾乳終了時の過搾乳と同じように高い真空が乳頭に作用します。さらにやっかいなのは、高い真空の作用で不快を感じた牛は、副腎髄質からアドレナリンというホルモンが分泌されます。アドレナリンは乳汁流出反応のためのホルモンであるオキシトシンを抑止します。つまり、バイモダリティを引き起こす搾乳では牛の泌乳行為を阻害することになるのです。搾乳は牛が乳腺腺房で生産する乳の約80%を搾り出す作業だといわれています。搾り出す乳の割合は不適切な搾乳をおこなった場合にはもっと低い割合になってしまうことを意識しなければなりません。

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乳腺上皮細胞で生成された乳汁は乳腺胞あるいは乳管壁に存在する筋上皮細胞がオキシトシンに反応して収縮することで乳腺内圧が上昇し、その結果として乳が排出されます。アドレナリンの分泌が起こると、たとえ乳房が張った状態であっても排出されことなく残乳として残ってしまいます。

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